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仏舎利(リンセル)とは?
高僧・修行者の火葬の灰の中に見出される、真珠様の結晶をチベット語でリンセルと呼び、日本語では仏舎利になります。英語ではRelic(レリック)と呼ばれています。

仏舎利(リンセル)は亡くなった僧・修行者が慈悲と智慧を円満した、高い精神的境地にあったことの証左とされています。仏舎利は誰もが仏性を備えていること、そして自分自身も、このような仏舎利を生み出す可能性を秘めていることを思い起こさせてくれます。
FPMT(大乗仏教保存財団)の、仏舎利の信憑性についての公式見解でも述べていますが、仏舎利には保存されている環境によって増えたり減ったりする現象が知られているほか、それに畏敬の念で接することによる意識への良き影響が数多く証言されています。 私たち日本における仏舎利展実行委員会のメンバーも、そのような経験をすでにしています。ある人は韓国での仏舎利展で、体内を走るその加持力に感激しました。
数年前に、実行委員会メンバーの数名はネパールでゲシェ・ラマ・コンチョク師が亡くなられて大量の仏舎利が出た2か月後に訪問して、現地の興奮冷めやらぬ中、間近に拝見して驚きました。それらが現われてきた過程を、ほとんど編集されていない数時間のビデオで見て、本当に仏舎利が火葬の灰の中から出てくることを知りました。特に荼毘の最中に炎の中に真珠大の粒々が多数見え、火葬が終わった後にそれらを灰の中から拾い集める様子を見て仏舎利の現れ方を理解しました。
仏舎利を単なる釈尊の遺骨と考えている人が多いですが、そうではありません。
仏教は仏陀の教え、仏陀が悟った真理を学び、獲得する教えです。弟子たちにとって、釈尊は形のない悟りを眼に見える形で体現した存在でした。釈尊が涅槃にはいられる時、それまでの肉身に代わる、真理とこの世を媒介する存在として残されたとされるのが仏舎利です。
ですから、仏陀や高僧の舎利を眼にし、拝み、供養することは、仏陀そのものと直接会い、拝み、供養することと変わらないとされています。
高い悟りを得た者は、今でも仏や菩薩の姿を目の当たりにすることができるといわれていますが、凡夫には困難です。インド、東南アジア、チベット、中国、日本、地域を越えて、釈尊がすでにこの世を去られた後に生きる人々(末代の衆生)にとって、仏舎利は仏陀と確かな結びつきをつくる媒体(メディア)として、尊ばれてきたのです。
また最近ですが横浜市金沢区金沢文庫の称名寺において、弥勒仏像の胎内から数個の仏舎利が発見されました。日本においても仏舎利信仰がしっかりとあったことを示しています。
現在でも寿司のご飯を「銀舎利」(ギンシャリ)と言いますが、形状から古の人々がそう呼ぶようになったことは想像に難くありません。
マイトレーヤ・プロジェクトの弥勒仏に奉納するため、ゾパ・リンポチェはこれまで多くの仏舎利(リンセル)を収集してきました。そのほか、多くの方々がリンポチェに仏舎利を寄進してくださいました。
2001年、ゾパ・リンポチェは、大仏完成までの間、このような貴重な仏舎利(リンセル)を直接多くの方に見て頂きたい、そして仏の慈悲を直接味わってほしい、との考えから、FPMT仏舎利巡回展を開始しました。
FPMTによると、2001年から2007年の7年間で、33カ国、200以上の会場でリンセル・仏舎利展を開催し、入場者は約100万人を数えているとのことです。
FPMTの仏舎利展はすべて入場無料で物品販売もありません。運営は浄財によって賄われます。
今回の展覧会では釈迦ムニとその高弟の仏舎利のほか、中国・インド・韓国・チベットの高僧の残したリンセルをご覧いただきます。
仏舎利展実行委員会
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