ダルマとは何か
Mandala、June 2001 Issue Advice from a Spiritual Friend
1973年10月、コパン僧院、第5回瞑想コースでのラマ・ゾパ・リンポチェ講義より抄録。ラマ・イェシェ・ウイズダム・アーカイブより、Dr. Nick Ribushの編集。
サンスクリット語でダルマ(Dharma)とは、心を苦から救うもの、導くものの意です。一口に苦といっても、苦は、何千、何万もあり、その一つ、一つが、また何百という種類にわかれます。
世の中の病は何百種類あり、薬もまた、何百種類もあります。薬の種類は様々でも、その目的は病気を治すため、人々を病の苦しみから救うために使われます。つまるところ、薬は薬です。同様にダルマにおいても、何千、何万という修行法があります。しかし、それもみなダルマなのです。
しかし、効果という面では、ダルマと医薬品とでは天と地ほどに大きな隔たりがあります。
医薬品で解決するのは、あくまで一時的な方法に過ぎず、医薬品では病を永遠に癒す事はできないのです。医薬品によって、病気の進行を止める事はできても、再発を完全に防ぐ事はできません。この話は分かりますね。誰にも経験がある事で、薬の効き目は一時的なもの、究極的な解決法ではない事を示しています。薬を使っても、全然効き目のない時もあるし、部分的に効く時もあるし、場合によってはかえってほかの身体的、精神的症状を引き起こす事さえあります。医薬品はどうしたって究極的な病気の対処法とはいえないのです。
ダルマの効き方はこれとは根本的に違います。ダルマ修行がどんなに長い人でも、修行から必ず何か恩恵を得るのです。身体、言葉、心がますます浄化されてゆき、悪い副作用は一切ありません。もちろん、煩悩を減衰し、根絶するような正しい修行法に従った場合ですが。そうでなければ、結果的にトラブルになるでしょう。
気持ちよくなるために、ドラッグを使う人がいます。ドラッグを使えば、いつも必ず同じ効果があると信じて使っていると、その人は気が振れるか、もしくは生命を危険にさらす事になります。ドラッグは人の気持ちを信じられないくらいおかしくして、正気を失わせ、身体、言葉、心は押さえが利かなくなって、この人間としての貴重な生命をも危うくする事になるのです。
ダルマ修行にドラッグはいりません。ドラッグに頼るのはもうやめです。ドラッグというのは、心が狭く、ダルマという考え方、生きている意味、前世、来世などに考えが及ばない人、ただ目の前の現象だけしか信じられない人が使うものです。
同様に、いわゆる普通に我々が日常生活で、自分を守るためにする行為、動物がする行動、それもまた、一時的な方策に過ぎません。食べる、飲む、着る、仕事する、―
それだけをしていたって、苦を完全に滅する究極的な解決にはなりません。物質的に、技術的にいかなる高みに上ろうとも、それで問題が完全に解決するわけではありません。
太古の昔、この近代物質文明の以前にだって、人間にはもちろん問題がありました。地球上の最初の人類さえ、様々な問題を抱えていたのです。生きる事、苦しみ、不満、など。今ではそれにも増して、もっと多くの混乱、いさかい、苦しみがあります。数千年にわたり、平和に比べて、苦しみが格段に増加してきたのです。ちょっと見回すだけで、それが本当だと分かります。これを見ても、外的な、物質的発展では問題を最終的に解決する事ができない事がわかります。つまり、何かが足りない、物質的発展のみでは足りないのです。
私は何も科学的、物質的発展を否定するものではありません。自分たちの周りで起こっている事を正直に言っているだけです。
医薬品やドラッグや、日常の行為ではどうして、この世の問題を終結できないのでしょう?それは、そういうものは問題の根本的原因に力を及ぼさないからです.
苦しみの実際の原因は外的条件の中には見出せない事を証明しています.これは重要なポイントです。これがわかれば、ダルマの神髄を理解したも同然です。そして私たちのいままでの行為はなにひとつとして苦しみの原因に触れたものはありません.自分自身ではない,外的な方法に頼る解決法では、なぜすべての苦しみと,苦の原因を滅する事が出来ないのか?理由は苦しみの原因は、外側の条件にではなく,まさに自分の心にあるからです.苦しみの原因は自分の外にある要素ではなく,人ひとりひとりの心(意識)に存在するからです.地上を立って歩く人間であろうと,土の中のミミズ、羽のある昆虫であろうと、苦しみの原因がそれぞれの意識にあるのは同じです.ですから,地面に潜っても、たとえ月まで飛んでいっても苦しみから逃れることは出来ません.
本当の原因に体当たりしないで,問題の解決法として,旅に出る事を選ぶなら,腹痛を走って治そうとするくらい見当違いです.痛みを和らげるどころか,走っておなかがすいて,疲れるだけでしょう.こんなたとえ話は、ばかばかしくて、と思うかもしれませんが,われわれのやっている事なんて,これとたいして違わないのです.同じようなばかげた事をしていても,その自覚がないのです.列車に乗って,飛行機に乗って、苦しみから遠ざかろうとしたって―問題の原因を見極めることなく,また、問題を解決する正しい方法を探ろうとしないなら―何の成果もありません.
われわれの取るべき修行とは何か?すべての苦しみとその原因を破壊できる方法は何か?内なる方法,つまり、ダルマが答えです.ダルマとはすべての苦しみとその原因を滅する、内なる方法です.「滅する」とは、肉体的,精神的苦しみ,すべてを完全に終わりにする,決して繰り返さない、という意味です.この内なる方法,ダルマは、一時的解決法とは比べようのない卓越した方法です。なぜなら、ダルマの修行という、ただひとつのこの行為によって何十億もの苦しみとその原因が滅せられるのですから.
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